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気まぐれな、中身のあんまりない、不定期日記

あれから10年

あれから10年・・・

1997年の11月半ば、夜中に息が出来なくなり自分で家を抜け出し近くの救急病院に駆け込みました。
その時当直には整形外科医しかおらず、僕の胸部レントゲンを見てもその原因が分からなかったそうです。ただ一つ、「心臓が大きいんじゃないの?」ということを除いては・・・

そして朝を迎え内科医が改めてレントゲンを見て「近くの国立病院に転送します」と告げられました。
その病院では措置不能と判断され、救急車で近くの国立病院のICUに僕は運び込まれました。
そこで徹底的に検査を受けた結果、大動脈拡張症、大動脈弁閉鎖不全、心肥大と診断され、この時初めて「マルファン症候群」という病気だと告げられました。
つい前日まで仕事をしていて、走り回って、タバコも毎日2箱吸ってて、これといった自覚症状もなかったのに・・・
息苦しかったのは胸部内に水が貯まりまさしく窒息状態になったらしいです。

そしてこのとき、この国立病院でさえも僕の手術をできる先生がいないと告げられました。
かなり深刻な状態で、通常の2倍に膨れ上がった心臓や大動脈がいつ破裂するか分からない状態で執刀できる医師はいないというほど、絶望的な状態だったのです。

その国立病院で1週間ほど入院したころ、手術を引き受けてくれる先生が見つかったということです。
そして隣の市の市民病院に救急車で搬送されました。
執刀してくれることになったその医師は、数々の難手術を成功させてきたという先生で、国立病院を出るときも「あの先生なら助けてくれる」と言われました。

そして搬送先の市民病院ですぐに手術をしてくれるのかと思ってたんですが、そうはいきませんでした。
まず、心臓自体がかなり弱っていて、手術の最中に心臓を止めるのですが手術が終わって電気ショックを与えて心臓を動かそうとしても動いてくれない可能性が高い、ということでした。
すでに心不全を起こしていた心臓を今止めると2度と動かないかもしれないと言われたのです。

そこで、投薬を数週間続けて心臓の体力を回復させて手術に取り掛かるということになりました。
ですが、ここでも問題が発生。
心臓の体力を回復させるために待ってる間にも心臓や動脈がいつ破裂するかも分からないということです。
先生にとっては大変厳しい判断だった思います。

手術の前日、詳しい説明を受けました。
・輸血をするかもしれないが、同じ血液型でも1万本に1本は拒絶反応を起こし、そうなれば死亡する
・手術の最中は心臓を止めて人工心肺装置に繋がれるが、手術が終わって人工心肺装置を外す時に血圧が下がり、脳障害を起こす可能性がある
・止めた心臓がもし動かなかった場合、一生機械に繋がった状態になってしまう
・手術が成功しても肥大した心臓は元に戻らないかもしれない
・手術後の社会復帰は難しく、仕事は事務職でさえも体力的に厳しいかもしれない
・手術の成功率は50%(後から聞いた話ですが両親は成功率10%と言われてたそうです)

他にも言われましたが、覚えてるのはこれぐらいです(笑)
この時に「あ、俺は死ぬんやな」と覚悟したのを覚えてます。

そして1997年12月10日に大動脈弁置換、ベントール術という6時間に渡る手術を受けました。
手術後は目を覚ますことはないだろうと思っていたわけですが、ベッドの上で目が覚めたんです。
口には人工呼吸器が突っ込まれ、腕には数本の点滴、腹には胸部内に貯まった水分を排出するための2本のチューブが刺されてました。
先生が来てくれて「大丈夫やからな」と声を掛けてくれて握手したのを覚えてます。

後で看護婦さんなどからも聞いた話ですが、かなりの難手術だったらしく、僕が助かると思っていた人はほとんどいなかったそうです。
でもそんな僕を助けてくれたこの先生は本当に凄い腕を持ってると思います。
この先生に会わなければ僕はその時に死んでたでしょう。

そしてあれから10年。
心臓に装着した人工弁は「カチカチ」と体内から動作音を発しています。
この音が聞こえるということは自分は生きてるということです。
最初は耳障りでしたが、今では良い意味でBGMですね。

僕は仕事も就き、車も乗り回し、結婚もし、先生の予想に反して(?)普通の生活を送れるようになりました。
先生も僕がここまで回復するとは全くの予想外らしく、いつも驚いてくれます。

今週この先生の診察があります。
その時に改めて伝えようと思ってます。
「先生が助けてくれたおかげであれから10年、無事に生きてこられました。本当にありがとう。」

コメント

10年ですか!

手術をして10年ですか・・・・
主人と同じ手術をした方が、元気になられていてとても勇気が出てきます。
本当に元気になってよかったですね!!!
主人は手術した日に心臓を一回止めているから、2回目の誕生日だって言ってます。
毎年、その日がくるとプチ誕生会をします(笑)
手術をするときって、後遺症の話や危険なはなしばかりしますよね。もちろん
医師の義務なんでしょうけど・・・・
でも、アレを聞くとすごく怖くて死んじゃうのかなって思いましたよ。
本当に本当に無事に過ごせていけるってすごいことですよね。
これからも無理をせず元気に過ごしてください。

かよさん

先生曰く、ここまで回復した人は見たことないそうです(笑)
よほど強運の持ち主なんでしょうか・・・
ウチはプチ誕生会とかはしてもらってないなぁ(汗)
後遺症の話なんかはインフォームドコンセントって言うんでしたっけ?
医師には説明義務があるんですよね、なので仕方ないです。
普通に生きていられることが幸せなんですよね。
大病しないとこんな気持ちにはならなかったと思います。
かよさんのご主人も元気になられて良かったですね。

10年前の出来事だったのですね。

>すでに心不全を起こしていた心臓を今止めると
>2度と動かないかもしれないと言われた

うう。。
そうだったのですか。
実際そんな事を言われると、かなり精神的に参りそうです。
成功率は高いに越したことはないですよね。
無事に乗り越えてきて、今もまだ元気にされていて、本当に良かったです。

miyokoさん

早いもので10年なんですよ〜
僕がいま生きてるだけでも奇跡に近いらしいです(汗)
今は元気になって自分でも生まれ変わった気分ですね。

希望が持てました

先月、父が心筋梗塞で入院しました。
人工弁の置換手術を行い成功率も10%と言われました。
現在も集中治療室ですが、この記事を読んで希望が持てました。
元気に10年、良かったです。
これからも、もっともっと人生を楽しんでください。

メチヨンさん

コメントありがとうございます。
お父様が手術されたんですね、無事成功したようで良かったですね。
心臓の手術も最近は医学の進歩で、成功率も高くなってます。
今後も改善されて成功率が高くなるのを祈るばかりです。
僕の記事がメチヨンさんの励みになることができて嬉しく思います。

マルファンで検索し、
あなたの日記を読ませていただきました。

読んでいると、3年前の状況が鮮明に浮かんできました。
夜中に息苦しくなった症状も、弁置換術・ベントール手術をうけたことも
手術が終わって鼻から口から管が出ていたことも
おなかからドレーンが出ていたことも鮮明に思い出しました。

こうして元気になれたこと
本当に神様に感謝。
先生に感謝ですね。

これからも、お互い楽しい人生が待っていますね。

さなゑさん

コメントありがとうございます。
さなゑさんもマルファン持ちの方なのですね?
僕と同じ大変な経験をされたんですね、僕はこれも人生の貴重な経験だと思っています。

お互いにこれからも元気に長生きしていきましょう!

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